一杯のために遠くへ行く、という旅の立て方がある。

私はいま、それを三杯ぶんつなげないかと考えている。旭川、喜多方、佐野。北から順に、南へ下りてくる並びだ。三つとも土地の名前でラーメンが呼ばれていて、三つとも、そこへ行くまでの時間の質がまるで違う。空を飛ぶ土地、山を越えて盆地へ下りる土地、高速をひとつ降りれば着く土地。丼の中身より先に、その道のりのほうを設計してみたい。

航空券の話ばかり書いてきたこのサイトで、なぜ丼の話をするのか。理由はひとつだ。ご当地ラーメンは、そこへ行くまでの時間ごと食べるものだから。移動を設計することが、そのまま旅の設計になる。

季節は冬に置く。理由は道中の数字を並べると分かる。

うっすら雪の積もった一本道が奥へ続き、遠くに低い家並みの小さな町が見える冬の水彩イラスト

一杯目 旭川 — 一月の平均が氷点下七度という土地

北海道旭川市。気象庁の平年値(一九九一〜二〇二〇年)で、一月の平均気温は氷点下七・〇度。日最低気温の平均に至っては、氷点下一一・七度ある。最深積雪の平年値は七二センチ、雪の降る日は月に三〇・二日。一月は三一日しかないから、ほとんど毎日、雪が降っている計算になる。

日照時間は月に七五・三時間。三杯目の佐野は二一七・七時間だから、同じ国の同じ一月で、光の量が三倍近く違う。この旅は、暗いほうから明るいほうへ下りていく旅になる。

まず飛行機で入る。旭川空港の運営会社は、アクセス案内のページに掲げた所要時間の図に、読み上げ用の説明文を添えている。そこに「JR旭川駅へは、バスで約40分。」とある。同じページには「※所要時間は交通状況などにより変わります。」という一行も置かれていて、この但し書きは冬にこそ効くのだろう。

その四〇分を、旅の助走に使いたい。搭乗前の空港では上着を脱いでいたはずで、バスの窓が白く曇りはじめる頃に、自分がどこまで来たのかを体がようやく理解しはじめる。降りた街で最初に気づくのは、たぶん音のなさだ。雪が積もった通りは、足音も車の音も吸ってしまう。

店の引き戸を開ければ、その静けさが湯気に置き換わる。眼鏡をかけているなら、二歩で視界が白くなる。券売機のボタンの並びを、曇ったレンズ越しに読むことになる。丼が置かれたとき、縁に触れた指がまず知るのは味ではなく、熱だ。氷点下の外気を連れて入ってきた手には、その熱がしばらく残る。

何を食べるかは、市が公式サイトで書いている。「旭川のご当地グルメの代表といえば、なんといっても『旭川ラーメン』。中でも、主に地元の醤油を使った醤油ラーメンが定番です」。市はまた、八軒のラーメン店が軒を連ねる施設として旭川ラーメン村を紹介している。一日目に一軒しか回れないなら、選択肢がまとまっている場所として頭に入れておきたい。

店の側にも、自分たちの言葉がある。ラーメンの会旭川という団体が、会の概要のページに結成の経緯を書いている。三日間で二万食以上が出るというラーメンフェスティバルをきっかけに、ラーメン専門店二三店が加盟して、平成九年(一九九七年)に会ができた。その文章には続きがあって、「それ以前は、どの店も自分たちの店のことしか考えていませんでした」とある。

自分の店のことしか考えていなかった二三の店が、寄り集まって会をつくる。氷点下の土地で、三日で二万食を出す。一杯目を食べる前に、私はその光景のほうを想像してしまう。

二杯目 喜多方 — 盆地へ下りていく

旭川を発って、二杯目は福島県喜多方市に置く。

市は自らの概要をこう書き起こしている。「本市は、福島県の北西部、会津盆地の北に位置し、北西に、世界遺産の国内候補に挙げられた飯豊連峰の雄大な山並みが連なり、東には名峰磐梯山の頂を望む雄国山麓が裾野を広げる豊かな自然に恵まれた風光明媚なまちです」。交通の項には、JR東日本の郡山駅と新津駅を結ぶ磐越西線が市の南部を走っている、とある。

つまりここへは、下りていく。山を越えて、盆地の底へ。列車の窓の外が、いつのまにか白一色になっている区間があるはずだ。同じ市の資料は、気候を「日本海側気候」かつ「盆地特有の内陸性気候」と説明し、冬は「平均1~2メートル、多いところでは3メートルに及ぶ大量の積雪に見舞われるところもある豪雪地帯」だと書いている。

気象庁の平年値で、喜多方の一月は平均氷点下一・〇度。日最高が二・五度、日最低が氷点下五・一度。旭川ほどは凍らない。そのかわり、一月の降水量が一四九・三ミリある。佐野は三五・一ミリだ。冬の会津に降るこの一四九ミリが何になるかは、市の説明のほうに書いてある。豪雪地帯、平均一〜二メートル。屋根に載る重さのことである。

麺のことは、地元の組合が書いている。協同組合蔵のまち喜多方老麺会——名前に「蔵のまち」が入っている——の説明によれば、麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、「一般的には麺の幅が約4mmの太麺で、水分を多く含ませじっくりねかせてつくる」。四ミリ。指で示せば、爪の幅ほどだ。会津の冬に、この幅の麺を水を多く含ませてじっくり寝かせる——なんという手間だろう。

ただし、何を食べるかを決め打ちしないほうがいい。会自身がこう書いているからだ。「喜多方ラーメンは基本的には醤油味ベースと思われおりますが、各店舗によって味もスープも千差万別です」。統一の縛りはない、と作り手たちが自分で言っている。二杯目は、店を選ぶところから旅になる。

始まりの年も、会の年表に載っている。一九二七年(昭和二年)、潘欽星という人が加納鉱山の叔父を頼って喜多方へ来て、屋台で支那そばを売った。年表はそこまでしか書かない。発祥の店として二次資料でよく名前を見る一軒については、会の公式ページにも市の公式ページにも記載が見当たらなかったので、ここでは書かない。旅の予定に組み込めるのは、屋台と、一九二七年という年だけだ。

なお喜多方市は公式サイトで「喜多方ラーメンは、いまや全国にその名を知られ、札幌、博多とともに日本三大ラーメンとも言われています。現在100店舗以上のラーメン店がひしめき合っています」と書いている。三大がどう決まったのか、その経緯は市のページには書かれていない。これは市がそう述べている、という事実として受け取っておきたい。

三杯目 佐野 — 一月に二一七時間の陽が射す平地

栃木県佐野市。ここで数字の性格が変わる。気象庁の平年値で、佐野の一月は平均三・二度、日最高が九・四度。降水量は三五・一ミリしかなく、日照時間は二一七・七時間ある。冬に晴れて、乾く土地だ。

北関東のこのあたりは、東京から日帰りの距離に入る。朝に出て、昼に丼を前にして、夕方には帰りの車列に混じっていられる。旭川へ入るのに要した「空路プラスバス四〇分」の緊張感は、ここにはない。かわりにあるのは、行こうと思えば今週末にも行ける、という別種の落ち着かなさだ。近いから、いつでも行ける。いつでも行けるから、まだ行っていない。三杯目をここに置くのは、その先送りを終わらせるためでもある。

佐野市は公式サイトでこう説明している。「佐野市の美味しい水を利用した澄んだスープ、麺に適した良質の小麦、青竹打ちによる製麺技法が独自の味とコクを引き出します」。水と、小麦と、竹。原材料と道具の名前だけが置かれていて、味の形容はほとんどない。

佐野らーめん会は昭和六三年(一九八八年)に発足した。「多くの人に美味しい佐野ラーメンを食べてもらいたい」という想いで市内のラーメン店が集まった、と会は記す(会の表記は店名がひらがな、料理名がカタカナで分かれている)。ここでも作り手は、味を一つに揃えていない。「当時の『佐野らーめん会』に加盟したラーメン店には、伝統的な製法である青竹を使った手打麺を提供する店も、機械打ちの麺でも美味しい麺を提供する店もありました」——会の言葉である。しょうゆ以外に、しお、みそ、ごまもあるという。

回る順路を考えるなら、会が加盟店の一覧をどう並べているかが手がかりになる。佐野駅周辺・佐野市東部・佐野市北部・佐野市南部・佐野市西部という五つの区分だ。駅前に固まっているのではない。市のあちこちに散らばっていて、だから行くなら、たぶん車がいる。国道沿いの砂利の駐車場に車を停め、扉を開けると、後ろを大型のトラックが抜けていく。その音が遠ざかるのを待ってから、暖簾をくぐる。一月の佐野には、それを待てるだけの陽が射している。加盟店の数について会は、「令和元年、当会には67の加盟店が存在し」と書いている(会サイトの記述・二〇二六年八月一五日参照時点)。

三杯を並べて、コースにする

三杯を北から順に並べてみると、この道中が何をなぞることになるかが見えてくる。

出典: 気象庁「平年値(月ごとの値)」統計期間 1991〜2020年。旭川は地方気象台、喜多方・佐野はアメダス地点の値。喜多方・佐野の地点は降雪・積雪の統計を持たないため空欄。
1月の平年値旭川喜多方佐野
平均気温-7.0℃-1.0℃3.2℃
日最低気温の平均-11.7℃-5.1℃-2.5℃
日照時間75.3時間80.8時間217.7時間
降水量66.9mm149.3mm35.1mm
最深積雪72cm——

旭川の一月の日照が七五・三時間、喜多方が八〇・八時間、佐野が二一七・七時間。平均気温は、氷点下七・〇度、氷点下一・〇度、三・二度。順位はつけない。数字は優劣ではなく、道のりの長さと、たどり着いた先の光の量を示している。北へ飛び、南へ下り、最後は陽の射す平地で締める。三杯のコースは、そのまま冬から早春へ歩いていくような並びになる。

そのかわり、三つに共通することがひとつある。どの土地でも、地元の組合や市は「これがその味だ」という単一の定義を書いていない。喜多方の会は千差万別と言い、佐野の会は青竹も機械打ちもあると言う。旭川市は「定番」という慎重な語を使う。ご当地ラーメンとは、土地の名前で括られた一つの味ではなく、その土地で別々に作られている複数の味の、集合の名前らしい。

だから、一杯食べても、その土地を食べたことにはならない。定義がないほうが、旅としてはよほど豊かだ。誰かが決めた正解を確認しに行くのではなく、七二センチの雪の下や、二一七時間の陽の下に、別々の丼が並んでいるのを見に行くことになる。

もっとも、順位をつける仕事にも別の価値がある。系列サイトの 10i.jp が公開しているご当地ラーメンの多軸ランキングは、二五件を担い手・定義・提供店などの軸で採点し、根拠と限界まで開示している。行き先の候補をもっと広げたいなら、そちらを地図がわりにするといい。

出発前に、これだけ決めておく

このコースを実際に組むなら、決めるのは三つだけでいい。

一つ、日程の向き。北から南へ下るか、南から北へ上るか。冬に組むなら、光が増えていく北→南のほうが体は楽だと思う。二つ、旭川の足。空港から市内までのバス四〇分を、初日のどこに置くか。三つ、佐野の車。店が市内に散っている以上、ここだけは移動手段が体験を左右する。時期のずらし方や移動手段の選び方は別記事にまとめてあるので、日付を入れる前にそちらも見てほしい。

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道のりから決めるなら、国内線の航空券とホテルをセットで眺めておくのも入口の一つです(提供元はこれを「国内ダイナミックパッケージ」と呼んでいます)。表示される料金・在庫・条件は検索のタイミングで変わるため、最終確認は公式サイトでお願いします。

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残りは、行ってから決めていい。喜多方で何軒目に入るかも、旭川で村へ寄るかどうかも、現地の朝の空気が決めてくれる。

冬の道中なので、確かめておくことも書いておく。国内線の運賃も宿も、検索するタイミングで変わる。店の営業時間・定休日・メニューは閉店や改定が早いので、出かける前に各店や組合の最新情報を見ておきたい。北海道と会津へ向かうなら、道路と鉄道の運行情報は出発の朝にもう一度。

三杯ぶんの道のりが、これで一本の線になった。あとは日付を入れるだけだ。

よし、行こう。

あわせて読む

日付を入れる前に、読んでおく三本

行き先が決まっていなくても、時期と移動手段の見当は先につけられる。

参考(公式・一次情報/2026-08-15 参照)

本文で引用した旭川市・喜多方市・佐野市の各公式ページ、ラーメンの会旭川、および喜多方・佐野の気象庁平年値も同日に参照している(発言者は本文中に明記)。